オータル国
Caliphate of Autal
Caliphate of Autal
オータル国(おーたるこく、アラビア語:خليفة أورتال、英語:Caliphate of Autal)、通称後オータル朝は東アフリカにある立憲君主制国家。現在の首都はハルゲイサ。三方をヤムナート共和国と接し、北はアデン湾に面する。またザンジバル諸島、セーシェル、モルディブ、コモロ諸島、ディエゴガルシア島を領有している。イスラム協力機構、湾岸国家会議の加盟国である。
憲法によって「オータル国」と国号が定められているが、日本の歴史学上では中国史の用語法を借用して後オータル朝と通称される。この呼称は日本だけの慣用であり、アラビア語や英語ではオータル・カリフ国と呼ばれる。また史料では、ソマリアのオータル朝などと呼ばれる。西インド洋の覇権を握っていた時代にはオータル海上帝国、オスマン帝国のカリフがいた時代は南カリフ国とも呼ばれた。
オータル朝は1428年に、当時マムルーク朝の臣下だったアラブ人オータル1世が反乱を起こしマムルーク朝を滅ぼしたときに建国された。同時期にアッバース朝のカリフから禅譲を受け、現在までオータル家がカリフ位を継承している。1468年からはエチオピア帝国に抵抗するアダル・スルタン国の支援を行っていた。1485年に第一次オータル・オスマン戦争が開始すると緒戦で苦戦したが、戦争中に即位したサダム1世が最前線に立ったことにより士気が向上し勝利、1491年に和平が成立した。1503年にインドから香辛料を輸送中のオータル船がポルトガル船によって襲撃された。香辛料貿易を財政基盤とするオータル朝は同じく香辛料貿易を生業とするヴェネツィアと対ポルトガルの同盟を結び、1505年からインド洋の制海権をめぐってオータル・ポルトガル海上戦争が始まった。オータル朝はインド洋に艦隊を派遣しインドのクジャラート・スルタン朝とともに、ポルトガル海軍と衝突、1508年のチャウル海戦に勝利したが、1509年のディーウ沖海戦で敗北した。これによりオータル朝の香辛料貿易は壊滅的被害を受け財政が悪化した。この状況を打破するためアデン湾沿いに勢力を持つアダルの支援を得るため1516年に皇族であるムスタファを指揮官とする軍が派遣された。しかしその最中に第二次オータル・オスマン戦争が勃発し、破竹の勢いであったオスマン軍になすすべなく1517年にカイロが陥落、カリフであるマアムーンが捕らえられたことによりエジプトオータル朝は滅亡した。
アダルに派遣されていたムスタファは一時アダルの庇護下に入った。そしてエジプトから逃れてきた遺臣と合流し、アダルと協力してソマリアのベルベラを占領した。現在のソマリランドに基盤を築いたムスタファはムスタファ1世としてカリフに即位した。こうして再興されたオータル朝を一般に後オータル朝と呼ぶ。ムスタファ1世はインド洋の支配権をポルトガルから取り戻すべく、まずポルトガルの支援を受けるエチオピアと戦争中のアダルを支援した。1531年に再びディーウに軍を派遣しクジャラート・スルタン朝とともに、ディーウをポルトガルから防衛することに成功した。またアデン湾の支配を確立すべく1538年にイエメンのアデンを占領し、1546年にはポルトガル支配下のマスカットを攻撃した。1552年からはオマーン地域を支配するべく大遠征が行われたがマスカットの占領に失敗した。この遠征でイエメン沿岸の支配を確立したがペルシャ湾でのポルトガルの影響を排除できなかった。
オマーンへの遠征が失敗すると今度は東アフリカのポルトガル植民地への攻勢を強めた。1560年にソマリアのモガディシュを占領したことを皮切りに、17世紀にはケニアのモンバサやタンザニアのスワヒリ沿岸などアフリカ東岸を支配する地域大国になった。またインド洋の島々にも進出しセーシェルやディエゴガルシア島などを発見し、モルディブやコモロを占領した。後オータル朝はインド洋貿易で栄え、アラブのイスラム文化とアフリカ土着の文化が融合したオータル文化が発展した。
オマーンでポルトガルの支配に抵抗していたヤアーリバ朝が1650年にマスカットを占領したことでポルトガルがオマーンから追放された。これによりインド洋貿易の競争相手がポルトガルからオマーン帝国に移った。1652年にオマーン帝国がザンジバルを攻撃したことを皮切りにオータル・オマーン海上戦争が勃発した。
オータル・オマーン海上戦争
1652年オマーン帝国がザンジバルを攻撃
同年 後オータル朝がマスカットを攻撃
1655年オマーン帝国がモガディシュを占領
1660年オマーン帝国がモンバサを攻撃
1663年後オータル朝がサリーサを攻撃
1696年オマーン帝国がモンバサを占領
1698年に和平が成立したがケニアやソマリア沿岸を失った。これによりインド洋の覇権を失ったが、残ったタンザニア沿岸や島嶼部による貿易体制を維持した。
オータル・オマーン海上戦争
1652年オマーン帝国がザンジバルを攻撃
同年 後オータル朝がマスカットを攻撃
1655年オマーン帝国がモガディシュを占領
1660年オマーン帝国がモンバサを攻撃
1663年後オータル朝がサリーサを攻撃
1696年オマーン帝国がモンバサを占領
1698年に和平が成立したがケニアやソマリア沿岸を失った。これによりインド洋の覇権を失ったが、残ったタンザニア沿岸や島嶼部による貿易体制を維持した。
18世紀に入るとポルトガル以外の欧州諸国もインド洋に進出してきたことにより衰退がはじまった。
欧州列強によるインド洋進出
1768年セーシェルをフランスが租借
1814年ディエゴガルシア島をイギリスが租借
1839年南イエメンをイギリスが割譲
1841年コモロ諸島をフランスが租借
1886年タンザニア沿岸をドイツ帝国が割譲
1887年モルディブをイギリスが租借
1889年イタリア領ソマリランドが成立
1890年ザンジバル諸島がイギリスが租借
1894年第一次エチオピア戦争勃発
第一次エチオピア戦争ではエチオピアと協力しイタリアに勝利したことによりエチオピアとともに欧州諸国から独立が認められた。
欧州列強によるインド洋進出
1768年セーシェルをフランスが租借
1814年ディエゴガルシア島をイギリスが租借
1839年南イエメンをイギリスが割譲
1841年コモロ諸島をフランスが租借
1886年タンザニア沿岸をドイツ帝国が割譲
1887年モルディブをイギリスが租借
1889年イタリア領ソマリランドが成立
1890年ザンジバル諸島がイギリスが租借
1894年第一次エチオピア戦争勃発
第一次エチオピア戦争ではエチオピアと協力しイタリアに勝利したことによりエチオピアとともに欧州諸国から独立が認められた。
日露戦争で日本が勝利したことに触発され、1905年にオスマン帝国憲法を参考にしたオータル国憲法が制定された。第一次世界大戦では中立を保った。1922年にオスマン帝国のカリフが廃位になり唯一のカリフ国家となった。第二次世界大戦時には一時枢軸国に占領されるも連合国により解放、独立を回復した。戦後には租借地になっていた旧領の返還が行われ、現在の領土となる。
国家元首であるカリフは、憲法において統治権の総覧者とされていて、憲法第7条にカリフ大権に属する事柄が定められている。カリフ位はオータル家の男子が相続することが憲法で定められている。現在のカリフはエジプト時代から数えて第31代目のオータル6世である。
| 歴代カリフ | 在位期間 |
|---|---|
| 初代オータル1世 | 1428年〜1442年 |
| 二代目ナセル1世 | 1442年〜1475年 |
| 三代目ラマダン1世 | 1475年〜1488年 |
| 四代目サダム1世 | 1488年〜1510年 |
| 五代目マアムーン | 1510年〜1517年 |
| 六代目ムスタファ1世 | 1517年〜1557年 |
| 七代目ハリファ1世 | 1557年〜1569年 |
| 八代目ムスタファ2世 | 1569年〜1590年 |
| 九代目イマム1世 | 1590年〜1608年 |
| 十代目ナセル2世 | 1608年〜1620年 |
| 十一代目オータル2世 | 1620年〜1646年 |
| 十二代目ムスタファ3世 | 1646年〜1655年 |
| 十三代目ラマダン2世 | 1655年〜1662年 |
| 十四代目イマム2世 | 1662年〜1689年 |
| 十五代目オータル3世 | 1689年〜1700年 |
| 十六代目ハリファ2世 | 1700年〜1711年 |
| 十七代目ラマダン3世 | 1711年〜1718年 |
| 十八代目ムスタファ4世 | 1718年〜1741年 |
| 十九代目ナセル3世 | 1741年〜1755年 |
| 二十代目ヒシャーム1世 | 1755年〜1768年 |
| 二十一代目イマム3世 | 1768年〜1781年 |
| 二十二代目オータル4世 | 1781年〜1804年 |
| 二十三代目フサイン1世 | 1804年〜1811年 |
| 二十四代目ヒシャーム2世 | 1811年〜1855年 |
| 二十五代目ムスタファ5世 | 1855年〜1871年 |
| 二十六代目ラマダン4世 | 1871年〜1890年 |
| 二十七代目オータル5世 | 1890年〜1906年 |
| 二十八代目フサイン2世 | 1906年〜1908年 |
| 二十九代目ムスタファ6世 | 1908年〜1920年 |
| 三十代目ムスタファ7世 | 1920年〜1955年 |
| 三十一代目オータル6世 | 1955年〜1987年 |
| 三十二代目ヒシャーム3世 | 1987年〜 |
二院制を採用しており、代議院は国民から直接選出された議員で構成されている。任期は四年で内閣不信任決議の権限や内閣による解散がある。元老院議員はカリフによって任命され終身である。現在代議院の定員は300議席で、与党イスラム社会党が153議席を保有している。
| 政党 | 議席 | 主義主張 | |
|---|---|---|---|
| イスラム社会党 | 153議席 | 与党。ザカートによる貧困層の救済などによって経済的な格差是正を訴える政党。(中道左派) | |
| 立憲イスラム党 | 88議席 | 野党。憲法とシャリーアに基本とした保守主義政党。(中道右派) | |
| 自由改進党 | 18議席 | 野党。世俗主義を訴え、政教分離を主張する政党。(中道) | |
| アラブ復興党 | 11議席 | 野党。アラブ民族主義を掲げる政党。(右派) | |
| ソマリ民族党 | 9議席 | 野党。ソマリ民族主義を掲げる政党。(右派) | |
| 無産党 | 8議席 | 野党。合法的社会主義政党。(左派) | |
| 島嶼部市民の会 | 5議席 | 野党。島嶼部の地域政党。(中道右派) | |
| 無所属 | 8議席 | ||
| 合計 | 300議席 | ||
- イスラム社会党
与党。立憲イスラム党と並ぶ二大政党の一角として代議院の議席を二分している。イスラムの教えであるザカートによって富の再配分を行い格差を是正することを党是としている。都市部の労働者階級やソマリ人が主な支持者である。
- 立憲イスラム党
野党。現存する政党としては最も歴史が長く、歴代首相もここの党首が多い。議会主義や立憲主義を中心におき、イスラムの伝統を重視した保守主義政党である。支持者の中心はアラブ人で、富裕層や大企業からの支持が多い。
- 自由改新党
野党。世俗政党で最終的にはシャリーアの廃止を目指している。若年層及び女性からの支持が多い。
内閣は代議院で選出される内閣総理大臣と、その他の大臣から構成される。ただし大臣の過半数は代議院議員から選ぶ必要がある。
| 機関名 | 長の名称 | 所掌事務 | ||
|---|---|---|---|---|
| 内閣 | 内閣総理大臣 | 憲法第33条に基づく行為 | ||
| 宮内府 | 宮内府長官 | カリフ関係の国家事務 | ||
| 人事局 | 人事局長 | 国家公務員の人事管理 | ||
| 国家安全保障会議 | 安全保障局長 | 外交・安全保障政策の助言及び戦時の最高司令部 | ||
| 内閣府 | 内閣総理大臣 | 内閣の重要政策の企画・調整 | ||
| 公正取引委員会 | 公正取引委員長 | 公正で自由な競争原理の促進 | ||
| シャリーア委員会 | シャリーア委員長 | シャリーア関係の事務 | ||
| 内政部 | 内政部大臣 | 地方行政や治安維持など内政全般 | ||
| 警察消防庁 | 警察消防庁長官 | 警察及び消防活動の統括 | ||
| 国境庁 | 国境庁長官 | 出入国管理や国境警備隊及び沿岸警備隊の指揮 | ||
| 福祉保健庁 | 福祉保健庁長官 | 医療、福祉、雇用、労働に関する行政 | ||
| 財政部 | 財政部大臣 | 予算編成、課税業務、国庫の管理 | ||
| 税務庁 | 税務庁長官 | 税の賦課及び徴収 | ||
| 外交部 | 外交部大臣 | 外交活動全般 | ||
| 在外公館 | 在外公館長 | 他国との外交や自国民の保護 | ||
| 国防部 | 国防部大臣 | 三軍の管理及び運営 | ||
| 国防事業庁 | 国防事業庁長官 | 兵器の研究開発及び調達 | ||
| 法務部 | 法務部大臣 | 法の整備及び維持 | ||
| 検察庁 | 検察庁長官 | 検察官の事務の統括 | ||
| 産業部 | 産業部大臣 | 経済や産業の発展、資源の供給に関する行政 | ||
| 貿易庁 | 貿易庁長官 | 貿易に関する行政 | ||
| 水産庁 | 水産庁長官 | 水産業の発展及び水産資源の管理 | ||
| エネルギー庁 | エネルギー庁長官 | エネルギー産業の発展及び資源の管理 | ||
| 交通部 | 交通部大臣 | インフラ及び社会資本の整備 | ||
| 環境庁 | 環境庁長官 | 環境の保全及び公害の防止 | ||
| 気象庁 | 気象庁長官 | 災害対策及び気象業務 | ||
| 教育部 | 教育部大臣 | 教育の振興及び事務 | ||
| 文化庁 | 文化庁長官 | 文化に関する施策 | ||
| 科学技術庁 | 科学技術庁長官 | 科学技術に関する行政 | ||
| 会計検査院 | 会計検査院長 | 政府の決算の会計検査 | ||
17世紀前半まで現在のヤムナート共和国のあるオマーン地域はポルトガルと二分して支配下に置いていた。その後オマーン帝国が成立したことによりインド洋貿易及び東アフリカの支配権を巡って対立、大小様々な戦争が勃発した。最終的に18世紀に東ソマリアやケニアの支配権を渡すことで講和が成立し、それ以後は友好関係を築いていた。19世紀以後にオマーン帝国で流行していた汎アラブ主義はオータル国内にも波及し、革命派と保守派の大規模な政争がおきた。結果保守派が勝利したが、君主制が崩壊した南アラブ社会主義人民共和国とは対立関係になった。冷戦の最前線の一つだったが、南アラブの社会主義政権が倒れたことにより関係が正常化され、現在は同盟国になっている。
後オータル朝はアフリカの角の北西部にある。北のアデン湾に沿って740 kmの海岸線を持つ。気候は乾燥と湿潤が混ざっている。北東の町エリガボの北10 kmにはアデン湾を見下ろす断崖があり、ネズの林が続く。断崖の高さは2000 mで、エリガボから海へ下る道がある。この近くに最高地点(2416 m)がある。緑に恵まれたサバンナ地帯では動物が繁殖し、固有種もいる。特徴的な動物としてはクーズーをはじめとする各種のレイヨウ、野豚、ソマリノロバ(アフリカノロバの亜種)、イボイノシシ、ヒツジ(ソマリ羊)、ヤギ、ラクダ、ライオン、チーターなどが見られ、またブラオにはカラカルの世界最大の生息地があることが知られている。その他、鳥類や魚類にも多くの種類が見られる。
オータルの地方行政区分の最上単位は10の県である。各県はさらに170の群に分かれる。
| 名称 | 人口 | 県庁 |
|---|---|---|
| マローディ・ジェーハ県 | 1,442,003 | ハルゲイサ |
| トゲアー県 | 684,407 | ブラオ |
| サナーグ県 | 562,067 | エリガボ |
| アウダル県 | 724,572 | ボラマ |
| スール県 | 360,431 | ラス・アノド |
| サヒル県 | 251,384 | ベルベラ |
| ザンジバル県 | 1,503,569 | ザンジバルシティ |
| モルディブ県 | 390,164 | マレ |
| セーシェル県 | 98,000 | ヴィクトリア |
| コモロ県 | 1,167,182 | モロニ |
| 順位 | 都市 | 行政区分 | 人口 |
|---|---|---|---|
| 1 | ハルゲイサ | マローディ・ジェーハ県 | 1,015,021 |
| 2 | ブラオ | トゲアー県 | 425,213 |
| 3 | ボラマ | アウダル県 | 300,485 |
| 4 | ベルベラ | サヒル県 | 245,012 |
| 5 | ザンジバルシティ | ザンジバル県 | 223,033 |
| 6 | マレ | モルディブ県 | 211,908 |
| 7 | エリガボ | サナーグ県 | 180,334 |
| 8 | ラス・アノド | スール県 | 156,438 |
| 9 | ガビリー | マローディ・ジェーハ県 | 141,052 |
| 10 | モロニ | コモロ県 | 74,749 |
GDPは1358億6626万ドルであり、一人当たりGDPは18,754ドルである。この数値はアフリカ諸国では最上位クラスであり、アフリカ屈指の経済大国である。ただし、原油生産に経済の大部分を頼るため、原油価格の変動が経済に直接大きな影響を及ぼす構造になっており、経済の多角化が課題となっている。通貨はオータル国立銀行が発行するオータランを使用している。
構成民族はアラブ人が35%、ソマリ人が35%、その混血が25%、その他が5%となっている。かつてこの地はソマリ人が多く居住していたが、後オータル朝が成立した時に多くのアラブ人が移住しておりこれにより混血が進み現在の民族構成になっている。アラブ人とソマリ人の経済格差は大きく、政府の中枢や富裕層にはアラブ人が多い。
6歳〜15歳までが義務教育になっている。高等教育機関として国立大学が10校あり、その他私立大学や職業大学が存在する。
| 国立大学 | 所在地 |
|---|---|
| ハルゲイサ国立大学 | ハルゲイサ |
| ブラオ国立大学 | ブラオ |
| ボラマ国立大学 | ボラマ |
| ラス・アノド国立大学 | ラス・アノド |
| ベルベラ商科大学 | ベルベラ |
| ハルゲイサ工科大学 | ハルゲイサ |
| ブラオ師範大学 | ブラオ |
| ザンジバル国立大学 | ザンジバルシティ |
| モルディブ国立大学 | マレ |
| コモロ国立大学 | モロニ |
アデン湾沿いに良港ベルベラ港があり、外国との輸出入の多くはここで行われる。都市間の交通はほとんど車両で行われている。国際空港はハルゲイサ国際空港、ベルベラ国際空港、ザンジバル国際空港、モルディブ国際空港、ヴィクトリア国際空港、コモロ国際空港の6つあり、民間航空会社であるオータル航空株式会社が就航している。またハルゲイサとベルベラを結ぶ鉄道が存在し、東アフリカ鉄道株式会社が運営している。

































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